夏の嵐、極地以外のオゾン層を破壊?
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地球温暖化の進行に伴い、夏の嵐が地球を守るオゾン層に新たな穴をあけ、人口密集地域に降り注ぐ太陽の紫外線を増やすおそれのあることが、最新研究によって明らかになった。
アメリカ、カンザス州の雷雨 |
さらには地球に到達する太陽光が増えると、地球温暖化のもたらす主要リスクに皮膚癌が加わる可能性もある。
地球温暖化が進むにつれ、夏の嵐の発生頻度と激しさが増す可能性のあることは、すでに一部研究によって示唆されている。そのようなことが起きると、上空14~35キロの成層圏(地球大気の下から2番目の層)まで運ばれる水蒸気が増える。水蒸気は強力な温室効果ガスの1つだ。
ハーバード大学の大気化学者ジェームズ・アンダーソン(James Anderson)氏らの研究チームが、先ごろアメリカ上空で一連の調査飛行を行った結果、夏の嵐はたびたび水蒸気を成層圏まで押し上げていることが明らかになった。「これは疑う余地のない観測結果だ。複数回の飛行を重ねて、これは(嵐の持つ)不変の特性であることがわかった」とアンダーソン氏は述べている。
研究によると、この水蒸気は、条件が整っていればオゾン層を破壊する化学反応を引き起こす可能性があるという。オゾン層は成層圏の中にあり、有害な紫外線が地表に到達するのを防いでいるものだ。オゾン層がわずかに減少しただけでも、皮膚癌や眼損傷の発生リスクが増大しかねないと専門家は指摘している。
◆アメリカ上空でもオゾン層破壊?
今回の研究結果にアンダーソン氏は懸念を抱いた。同氏が1980年代と90年代に行った研究は、モントリオール議定書(オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書)の成立に重要な役割を果たしている。この国際的な取り決めにより、ヘアスプレーや冷蔵庫など、さまざまな製品に用いられていたオゾン層破壊物質クロロフルオロカーボン(CFC)の製造が段階的に廃止された。CFCは塩素の一形態を生成し、それが主に北極と南極上空にある成層圏のオゾン粒子を破壊する。
北極および実験室で行われたその後の研究において、塩素がオゾンを破壊する化学反応に重要なのは気温と水蒸気濃度であることが明らかになった。そして今回のアメリカ上空における新たな観測結果は、夏の嵐が中緯度域において同じ気温と水蒸気濃度の条件を発生させることを示唆している。
「北極で発生している化学反応は明らかにオゾン破壊能力の非常に高いものだが、アメリカにも基本的にそれと同じ条件が存在している」とアンダーソン氏は述べている。
今回の研究では、成層圏の水蒸気濃度の高い領域ではオゾン層が1日に4~6%破壊されると計算している。アンダーソン氏によると、この破壊効果は嵐の発生後、数週間持続する可能性があるという。
アンダーソン氏が最も懸念しているのは、この現象が発生するとみられる場所と時期だ。「これは冬季に南極や北極で発生するオゾン層破壊ではない。これは夏季に北半球の人口密集地帯上空で起こるオゾン層破壊だ」。
◆さらなる証拠が必要
コロラド州ボルダーにある国立大気研究センター(NCAR)の大気化学者で、今回の研究に参加していないシモーン・ティルムス(Simone Tilmes)氏は、研究結果を慎重に受け止めている。
今回の研究は、成層圏の水蒸気が増えると、条件によってはオゾン層破壊が進むことを示してはいるが、水蒸気とオゾンを破壊する塩素の存在が同時観測された直接の証拠を示したわけではないとティルムス氏は指摘する。
ティルムス氏は「この点には注意が必要だ」として、そのようなオゾン層破壊が実際に起こるのかどうかを見極めるには、さらなる調査が必要であることを強調している。
アンダーソン氏率いる研究チームも、北アメリカの成層圏においてオゾンを破壊する塩素はまだ計測されていないことを認めている。しかし、もはやCFCが大気中に排出されなくなっても、すでに排出されたCFCは今後数十年間、大気中にとどまる可能性があるとアンダーソン氏は指摘する。
◆発癌リスクが行動の契機に?
今回の研究結果に明るい要素があるとするなら、それは人々の行動に具体的な影響を及ぼしうる点だとアンダーソン氏は述べる。融解する氷河や二酸化炭素とメタンの排出など、「目に触れないために忘れられる」問題と違って、「皮膚癌は非常に多発しており、発症頻度が高くなっていることはほとんどの人が知っている」。
今回の研究結果が裏付けを得られれば、気候変化は自分たちの健康に直接かかわる問題だと人々は気づくかもしれない。それがきっかけとなって、人々が「目をさまし、今起きていることへの責任をとる」ようになる可能性もあるとアンダーソン氏は述べている。
今回の研究成果は7月26日付で「Science」誌オンライン版に発表された。
Photograph by Joel Sartore, National Geographic